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今年,登山はいかがですか?~登山の楽しみ方の一提案~

ご無沙汰してます.更新しない間にネタはたくさんたまっていたのですが,なかなか筆が進まずここまで更新が遅れてしまいました・・・.

さてこのたび,たまたま私の職場で趣味について報告する機会がありましたので,それを転載します.登山の楽しみ方の一つとしてご笑覧いただけると幸いです.

1. はじめに
 皆さんご存知「日本百名山」.多く集中するのはやはり日本アルプスのある長野,山梨の両県で,全体の5割を占める.しかし日本アルプスの両県に次いで3番目に百名山の山が多いのは,実は新潟県.これからは丁度登山シーズンということで,せっかく名峰の多い新潟県にいるのだから,山の楽しみ方を心得ておいて損はない.

2. 登山をもっと楽しむ秘訣
登山には無数の楽しみ方がある.雄大な景色,山頂に到着したときの達成感,筋肉を酷使することの楽しさ,山小屋で飲む酒,etc….しかし個人的に山を楽しむポイントだと思うのは,「山の歴史」である.その山が自然の中でどのように形成されたか,人間の生活や文化とどのように関わってきたかを知ると,はじめは何の変哲もないと思っていたそこらの岩や木でさえ,何か重大な意味を持つオブジェであることに気づく.すなわち,まるで京都や奈良の歴史都市のように,山のどこを歩いて見ても飽きることがなくなるのである.
そこで手始めに新潟県を代表する名峰,谷川岳と弥彦山を取り上げ,その歴史を紹介したい.

2.1. 谷川岳
 谷川岳は群馬県と新潟県の県境にある山で,トマノ耳(1963m)とオキノ耳(1977m)の二つの頂上を持つ.ちなみにトマは「手前」,オキは「奥」の意味であり,2つの頂上が猫の耳のように見えることからそう呼びならわされている.また川端康成の雪国は「国境の長いトンネルを抜けると雪国であつた」で始まるが,このトンネルとは谷川岳を貫く清水トンネルのことである.
実はこの谷川岳,世界一遭難の死者が多い山(805名,2012年時点)としてギネスブックに登録されている.実際に遭難者が多いのは登山道ではなく,一ノ倉沢と呼ばれる谷川岳の岸壁であり,日本におけるクライミングの聖地として知られる.また一ノ倉沢の南側にある「西黒尾根登山道」は日本三大急登(他に,北アルプス烏帽子岳のブナ立尾根,南アルプス甲斐駒ヶ岳の黒戸尾根)に数えられ,岩場の続く非常に険しい登山道である.
谷川岳は2000万年前の火山活動で海底から隆起した山であるが,その後の氷期には氷河が存在したことが近年の研究から明らかになっている.氷河が山肌を削る力は風雨よりも圧倒的に強く,ヨーロッパにあるアルプス山脈のマッターホルンやアイガー北壁(これらはグランド・ジョラスとともに三大北壁と呼ばれる)がそうであるように,谷川岳の見事な岸壁も氷食によって形成されたと考えられている.また内陸部にある谷川岳では現在でも,かつて海の底に沈んでいた証拠として,二枚貝の化石などが出土している.
そして,先の清水トンネルもそうであるように,谷川岳は古くから越後と関東を結ぶ交通の要衝として利用されてきた.特に谷川岳を南北に通る清水峠は,その新潟側(北側)の登山道を「謙信尾根」と呼ばれる.これはその名の通り,越後の武将,上杉謙信(1530~1578)が関東遠征の際に使用したことから名づけられたとされる.また谷川岳から伸びる沢の一つの「マチガ沢」は,越後側から谷川岳を下って降りてきた旅人が,そこにあった宿場を目にして「あぁ,町が見える!」と発した言葉がその由来とされている[1][2].
いかがだろう.山の歴史を調べる楽しさが分かってきたのではないだろうか.

2.2. 弥彦山
続いて紹介する弥彦山は言わずと知れた新潟の名所であり,山麓にある弥彦神社とともども,古くから信仰の対象として親しまれてきた.奈良時代(8世紀頃)に編さんされた万葉集にもその山名が謳われている[3]ことから,その時代にはすでに朝廷にも名が知られていたことが伺える.また宝物殿には上杉謙信や源義経に所縁がある武具などが奉納されており,弥彦山が古くから霊山として知られた証左といえる.
このように歴史の古い弥彦神社には多くの伝説が残っているが,そのうち顕著なものは弥彦神社の御祭神である「天香山命(あめのかごやまのみこと)」に関する伝説であろう.
天香山命は天照大神のひ孫であり,金属採掘や鍛冶,さらに石油の神として,越後の産業開発に尽くしたとされる.弥彦山の山頂にある社殿は,天香山命を偲んで711年(和銅4年)に建設されたと弥彦神社の社記に記されている[4].また弥彦神社の境内には日本最初の石油精製釜が奉納されているが,これも石油の神たる天香山命に由来する.(日本書紀には,668年(天智天皇7年)に天智天皇(中大兄の皇子)に越後国の「燃える水」を献上したとある)
さらに金属採掘の神でもある天香山命の伝説を裏付けるように,弥彦山は良質な銅鉱山としても知られている.弥彦山脈最高峰の多宝山は,その名の通り多くの宝(=銅)を産出することから命名されており,ここで産出した銅は,近隣の燕市における金属加工業の礎となっている.

3.おわりに
このように何でもないような地形や地名などにも,山の成因や人間との関わりといった歴史が現れている.山の歴史を調べることで,その山がより味わい深くなるのである.今後山に登る機会があれば,ぜひその山の歴史を調べてみることをお勧めしたい.

4. 参考文献
[1] “本部長の群馬紀行,”自衛隊群馬地方協力本部,2015,http://www.mod.go.jp/pco/gunma/honbucho/gunmakikou_index.html,(参照2017-04-21).
[2] 林野庁,マチガ沢の立て看板
[3] 戸部民夫,「日本の霊山」がよくわかる本,PHP出版,東京,2016.
[4] “おやひこさま100年,”2013,弥彦神社,http://www.oyahikosama100nen.com/jinja.htm,(参照2017-04-21).



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